BGMは子どもたちによる津久ばやしです
龍ケ崎の「撞舞」を見に行く(2016年)に跳ぶ ←クリック






津久舞 もう一つの顔 
7月15日




分かりますか 仲町3年前津久年番・若衆頭の鈴木さん

この席は 前回は空席になっていたと 記憶しています



かつては「祭り男・逸見紀一郎」さんが ここで声を張り上げていました

翌朝  鈴木さんに電話してみたら かすれ声を搾り出して

「天から見守ってくれている 逸見さんに届けと・・・」


お囃子の皆さんがんばったのに 今年の観客は少なめでした   残念



鈴木さんの姿




松戸市と龍ケ崎市観光協会が 友好都市宣言を結んだ関係で 松戸から「撞舞ツア」ーが出ます

ツアー呼びかけに 当選しました    



後方 高いところが招待者席  これは去年の写真です






2017-07-23 

龍ケ崎の撞舞を 「招待席」から見る
 名物のコロッケを御馳走になりながら



撮影ノート  Oh! TSUKUMAI   2017-07-12




私の頭の中のイメージを 削いで削いで 津久舞の印象はこうなるのかな

実写チャンスは一回ありました 
前回7月7日のお月さん
見事に失敗しました 上は合成写真です

今年考えていたのは 「江田重次郎の津久舞世界」

岡田真吾さんにはあったようです  例えばこんな証言
「フィナーレは思い切り突っ込んでくるので 受ける側は大変だった」

一夜だけ神になるという心的高まりを どう演じるか どう見せるか
言ってみれば歌舞伎役者が 役をどう演じるか みたいなことかな

内面が所作に表れたらなあ
扇子の扱いをとってみても 段取りだけの演技では  今はやりの若い娘グループの 手先足先だけのダンスになってしまうしね

無心に ただ無心に という気持ち
「なぜ、自分は重次郎を演じるのか」を自問すれば どうかな
 
師匠「鳶の野口さん」はどう言うか あの方はやさしく頭は柔軟です

念のために、津久舞保存会前会長の飯塚正武さんに聞いてみた
飯塚さんは言い切った

「笑顔だよ ほほえみ」

      
   ・・・ そうか 神の微笑か







ひと言申し上げます 2017-07-08




気合 充実しつつあり 江田重次郎


今年の「若衆会」は今までとはちょっと違う。
若衆頭・土生谷さんの真面目さと気合がなかなかです。
「若衆は重次郎さんのために 重次郎さんが気持ち良く演技してくれるように力を尽くすのです」
これは名言だ。

「仲町だけの津久年番詳細のパンフレットを作って、表紙に大北さんの写真を使った」と言って見せに来られた。
こういうとき私はきまって、「ああいいよ」と返事する。

すこし間をおいて「本当なら使う前に許可をとってもらいたい」と付け加えた。
これは大事なことで、発表された写真には著作権がある。それは著作者の財産であり、お金が絡むということだ。写真はタダ・・・この考えはレッドカード。写真は高い。

そのあと土生谷さんからある人物を紹介された。

その青年は市役所の優秀な職員らしい。今まで良く見た人だった。

彼の役所における役割は、市長直結。「 市を取り巻く社会情勢の変化に伴い、市民ニーズも複雑、多様化しており、部局横断的に解決すべき案件も少なくないことから、重要施策に対してこれまで以上にスピード感を持って対応する市長直轄の組織として、新たに設置しました。
市長の公約や重要施策を推進するための必要な調査や複数部局にまたがる重要案件の調整や従来の秘書の業務を行います」とあった。

さて、実は今日、津久舞を取材する前に、野田市のホームページを見ていた。
市長交際費があって「津久舞保存会総会」に出席した項目を見つけた。


津久舞保存会の石塚会長に、何をしに市長は来るのかを確かめた。
「津久舞を保存する意味、価値を話されて、重次郎さんを励まされます」

それならなおさらだ。善は急げだ。
若衆頭・土生谷さんの仲間・市役所職員さんよ。緊急の仕事がありますぞ。

津久舞についての市のホームページを、しかるべきものに書き換えて貰いたい。
開催日は書いてないし、場所は間違っている。これでは近隣都市から見に来られないじゃないか。

参考までに、龍ケ崎のホームページは分かり易く書かれている。

津久舞まで一週間ありますよ。
たぶん、出来ないだろう。
私は松戸市・「関さんの森」に関して、市役所職員と散々やりあった経験がある。
「早速調べさせていただいて・・・、諸般の事情で・・・」
ということになるやろうなあ。

思い出すのは昨年の津久舞。市役所の腕章を巻いた職員が何人かで写真を撮りに来ていたので、 「しっかり告知せえ」と文句を言った。終った時、その中の一番エライさんから、来年はしっかり紹介しますから、と返事を貰っていた。   見事に裏切られた。くやしい。 諸般の事情があったのだろうが。
野田市民の誰か、市長直訴の手紙を書く人はいないのか。


しかし、何で松戸市民の私がこんなこと言わんといかんのか。

それはねー、野田津久舞は超一級の民俗芸能だからです。


週明けの7月10日、野田市のホームページのトップページに

今年のつく舞は、7月15日(土曜日)19時30分ごろからキッコーマン本社裏駐車場で開催

と写真付きの記事が掲載されていた。昼前に私は気付いた。

さすが「市長直結」はやるなあ、・・・。

 

と思ったのですが、事情を聞いてみると間違い情報でした。

「市長直結」青年の説明では、去年野田市の腕章をはめて津久舞を撮影していたグループがやったものらしい。
らしいというのは、バカバカしくてもうそれ以上調べる気持ちが起こらないからだ。

石塚津久舞保存会会長に確認してみると、去年来たのは広報の人。

「来年はしっかり紹介します」とはこのことだったのか。

愕然とした。仕事が雑すぎる。

津久舞開催は、6月1日に正式発表されているのに・・・。

あーあ、私は深い溜め息をついた。分かりますか、この気持ち。





市役所の仕事振りは良くなっているのでしょうか

2年前の2015年にこのサイトに寄せられた投書を あえて再録します

はじめまして

「野田市はもっと津久舞を宣伝するべき」
とおっしゃってるのを見て、思わずメールさし上げました。

以前から野田の津久舞が見たくて、今年こそと
野田市観光協会のホームページから何日にどこに行けば
見られるのか? と問い合わせた返事が下記です。

ーーーー

このたびは野田市観光協会のホームページにお問い合わせいただき、ありがとうございます。
お問い合わせのつく舞の演舞を見たいという件について、説明させていただきます。

野田の津久舞

 開催場所:野田市内上町地区、仲町地区

      ※つく舞の開催場所は、その年により異なります。

 開催日:上・仲・下町の三カ町祭り(今年は7月17日〜19日)の中日
 開催時間:19:00から津久舞式典開始。20:00頃から津久舞開始。
 ※さらに詳しい内容を聞きたい場合、三ヵ町まつりの主催である野田商工会議所にお問い合わせください。Tel:04-7122-3585

野田市へのご来訪を心よりお待ちしております。

*****************************************************
野田市役所 自然経済推進部 商工観光課 商工観光係 新田
TEL:04-7125-1111(内線)3972  FAX:04-7122-1557
E-MAIL:syoukouka@mail.city.noda.chiba.jp
*****************************************************
ーーーー

結局なんの答えにもなっていない
「自分でココに電話して聞け」と言う訳です。
この人たちって何の仕事してるんでしょうか。

あきれていたところ貴サイトを見つけました。

ありがとうございました
急ぎ御礼まで。



 


7月15日の 津久舞の案内  







 

なんで 私が告知をせにゃならんのか もし私が告知を掲載しなければ 野田市以外の人は 津久舞を見に来られない あまりにも悲しい話 

本当なら 市のホームページで知らせんといかんよ
「野田は村社会(ムラシャカイ)だから」と言った人がいた

龍ケ崎のホームページを見てごらん 
このようなお知らせを載せることがどうして出来ないの←クリック





2017年の津久舞 Report

動画 YOUTUBE は「江田重次郎の津久舞世界」を伝えるための試作です



江田重次郎さんの職業は「建築板金」です。最近会社を立ち上げ張り切っています。

若い社員と共に屋根に登る毎日。熱中症にならないように大きなポットを持っています。体に付けた温度計は最高数値が60度まで。ここのところ60度という数値が振り切れる熱い屋根の上で、目一杯働いて、夜、柱に登るのです。

昨年は演技中に腰を痛めた苦い経験があるので、今年は慎重に稽古をしている姿があります。
その様子は、津久舞が全部終ったとき、短編映画の中で紹介するために取っておきます。

一方、津久年番・仲町の若衆さんたちも、重次郎さん以上に頑張っています。

「若衆は重次郎さんのために 重次郎さんが気持ち良く演技してくれるように力を尽くすのです」・・・これは若衆頭・土生谷(はぶたに)さんの名言です。

周3回の津久舞稽古のために、夜7時半前に集合してテキパキと、見ていて気持ちの良い働き振りです。後2日は小学校へ笛の指導、1日は大人のお囃子稽古。一週間休みなしで頑張っています。

重次郎付き添い3人の方も、一致団結して江田重次郎のために。

皆さんの姿を見ていると、頭が下がります。

問題は、重次郎の志願者がまだ現われないこと。志願者がいないと津久舞は継承できません。

江田さんは、より多くの方に津久舞を見ていただくことを希望しています。

それもそのはず、江田和輝(今の重次郎)さんは義理の兄貴に連れられて、

初めて岡田重次郎さんの津久舞を見て、岡田さんに憬れたのです。

10年前、19歳の時でした。それまで津久舞のことは全く知りませんでした。


 

2017年6月30日
逆立ち



これは YouTube です 写真をクリックして下さい




2017年6月28日
柱の上の世界

柱に登りながら何を考えているか  江田重次郎の気持ちを伝えたい



これは YouTube です 写真をクリックして下さい






2017年6月26日

重次郎を1000ミリの超望遠で追う





















水も滴る・・・6月23日

雨ニモマケズ
決シテ怒ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル

若衆頭・土生谷(はぶたに)さんの印象です

「若衆は重次郎さんのために 重次郎さんが気持ち良く演技してくれるように力を尽くすのです」
と話してくれました

かつて若衆だったお祖父さんとその息子さん一家が見物に

お嬢ちゃんは中央小3年と1年生 

5年生になったら津久舞で笛を吹くでしょう

 



2017年6月19日(月)

津久ってるじゃん!

野田で津久を探した  「文房具店の柱看板」  ツクとは柱のこと

「あかねさすむらさきのさと のだにつたわる つくまい・・・」

本柱 建柱式で桜木神社の神職さんの「のりと」の一節。
「むらさき」とはどんな意味か。
最近、醤油のことかなと思ふ様になった。

 

江田重次郎 柱のてっぺん目指して 登る

 



2017年6月16日(金)


この日、夜は寒かった。
みんな寒い寒いと言う中で、江田重次郎は頑張っている。
どういう訳か、寒くないらしい。

 

昼間は夏到来を思わせるほど暑かった。カラッとしていた。

少し薄着で行ったものだから、夜、野田市駅に降りると、寒い寒い。
熱めのかけそばでも食っていくかと下町(しもちょう)のそば屋さんに入ったら、
「大北さん!」と声を懸けられた。

下町若衆会・会長の山形功さん。
「あれっ。ここの親方さんでしたか」

きつねそばを注文。熱燗を追加。
おいしかったですよ。ソバもおさけも。

私は、新聞社時代、「蕎麦」を取材したことがあって、カナダのマニトバではソバ粉、
北イタリアの山村--ここには日本の手打ちソバにそっくりなものがあって、
チーズをかける・・・
「へー、同じようなものが、日本にもあるのかい。しょうゆを使うって、それはなんだい」
と女主人に驚かれた。


北イタリアの件について、私の印象は、こうだ。
ここのソバは形は似ているけれど、日本のものとは全く別物。
先ず腰がない、ふにゃふにゃでした。

日本では北海道の幌加内、珍しいところでは福島・山都町の宮古などを回ったことがある。
だから当然ながら「ここはどこの蕎麦粉?」と聞いた。

「信州が中心で栃木のが少し雑じっています」
「そりゃ頑固な蕎麦屋だ。ケッコゥケッコウ」

まあ、そんなことを喋っていると、
「家宝を見て下さい。岡田重次郎さんが、最後の津久舞で使った弓です」



ところで、稽古会場に、来年の津久年番・下町若衆頭になる予定の方がおられた。

実は奥さんが今、東京の病院に入院中で、 津久舞どころではないはずだ。

そんなことはみじんも見せずに、稽古の支援に来ていた。

私は奥さんの無事を祈らずにはいられなかった。

3日後、19日の稽古で顔を合わせた。 

「ヨメの手術は成功しました」と言った。

 




6月12日(月)

重次郎ガンバル 若衆ガンバル

江田(和輝)重次郎は早朝5時に家を出て 東京・港区の現場で目一杯働いてきた

稽古を支援する若衆会の皆さんも 昼間はしっかり仕事して

津久年番 仲町の若衆頭 土生谷(はぶたに)さん

仕事は「お医者さん」

病院の名前は 「はぶたに自動車診療所」  

皆さんの姿を見て 私には硫黄島の米軍兵士の姿と重なった



 

一升びん囲んで・・・ 津久舞談議・・・?

これは江田重次郎さんの希望で

本番と同じ様に 稽古の時から御神酒(ゴシンシュ)を使うためです



野口鳶頭から聞いた 「笑うに笑えない話」
津久柱の下にネットが張ってある理由は?

野田津久舞では命綱は使わない。

何があっても落ちないというのが、重次郎のプライドだ。凄いことだ。

それはそうとして、津久柱の下には、今はネットが張られているのはなぜか。

昔は何もなかった。

柱に抱き付いたまま、そのまま下方へ滑り落ちる凄技がある。

観客は大喝采、まちがいなし。

江田重次郎 6月12日

昔 そう遠くもない昔

予定より高いところから滑り始めた重次郎さんがいた。

カッコいいところを見せようとしたのだ。

まあここで稽古して本番もと思ったのだが、止りきれずに真っ逆さま、大怪我に。

津久舞の二日前のことだった。

以来、柱の下にネットを張るようになった。

 

 

続きの話はこうです。

大怪我は、柱を支える台で腰骨を打った。

津久舞の本番はどうなったのでしょうか?

龍ケ崎に連絡して代役を頼んだのですが、龍ケ崎鳶職の会から派遣は無理という返事。

個人的に頼んで、Kzさんに来てもらえることになった。

この交渉には鳶頭・野口さんも参加したというのですが、

津久舞を続けるということは大変なことなんですね。

 

大怪我をした方は、野田の人。

誰だったかは、私は聞きませんでした。

無事回復されたということでした。

良かった、良かった。





 
6月4日  安全祈願 櫻木神社                 


右端は 津久舞保存会 石塚秀一会長

津久舞の前には 先輩重次郎・倉持和紀さんの墓参りに行くと言っていました



6月4日  津久舞始めの日です


鳶職の野口さん親子 

かしらは眼鏡をモダンなものに替えました

息子さんはいつも黙々と  互いを尊敬しあう仕合わせがあります

樽の中に白い○が書いてあります それは一斗樽のしるし 

今はニ斗樽ですが 昔は一斗樽で 

「立つと足が外枠から出て 動作が難しい」という話

1970年代の頃 北澤・重次郎の時代までは一斗樽

岡田真吾・前重次郎さんに聞いたら「私の時代はニ斗樽でした」



topへ



津久舞 思い出のショット

「横関政男」さんのこと



左の人物「横関」さん
  2010-07-14

江田さん(右)にとって 津久舞に志願するきっかけとなった方で

入門4年目に初めてもらった扇子を恩人に見せているところです

横関さんは 昨年(2016)の津久舞後 病気で亡くなられました  



小学生の津久囃子指導に熱心で
 太鼓打ちに生きた方でした 

 

心優しい人物でした 横関さんに感謝 



10年前の津久舞 逸見紀一郎さん 2008年



岡田真吾さんの美しくスリリングな演技 10年前初めて津久舞見物

これは多くの人に見てもらいたい と取材を始めたのでした



一生懸命に張り上げる津久囃子「エイ エイ オー」が目立っていました


 
声の主は 仲町の逸見紀一郎さん 「祭り男」でした



津久舞保存会の飯塚正武会長(当時-左端) 入門2年目の江田和輝さん(右橋)

江田さんは 岡田さんに憧れて入門 



topへ





topへ




2016年(平成28年)

龍ケ崎の「撞舞」を見に行く
 知事さんが来られて 私はびっくり! 野田じゃ有り得ない



関東鉄道でトコトコ行きました



八坂神社・祇園祭の最終日に「撞舞」


牧場の馬が「神馬」になる「馬洗いの儀」



中央 カンカン帽に絽の羽織姿は 氏子総代さん




着飾った「神馬」



八坂神社から撞舞会場へ向かう式




 各町の氏子総代   左端は 中山一生・龍ケ崎市長(氏子総代でもある) 



舞男2人  野田で言えば 重次郎さん 

八坂神社前は屋台がいっぱい




木遣りの声が流れ 神馬が続く


根町の撞舞会場



「撞舞通り」   ここには色々仕掛けがあります



歴代舞男のプレートが



映画の都 ハリウッドには同じ物がありまして



アーノルド・シュワルツェネッガー



浅草でも



美空ひばり


「撞舞通り」を もう少し詳しく


 
昭和8年 野田津久舞の重次郎も務めた伝説の舞男 東郷辰五郎



野田津久舞で8回重次郎を務めた瀬ノ尾重男




津久舞通りの特殊な構造



撞舞柱を建てる穴があります



下り綱用のマンホール  すばらしいな! 



売店大繁盛




龍ケ崎コロッケがよく売れていました

     
 
お待たせしました 撞舞の始まりです




橋本晶・茨城県知事の姿が   右は中山一生・龍ケ崎市長



知事の話「私は撞舞保存会の名誉会長でして、何回も来ています」


撞舞保存会の岡沢英夫会長ら 今年も県庁へ橋本昌知事に表敬訪問




お囃子は「貝原塚おごと囃子」

「撞ばやし」というお囃子は 今は途絶えてしまったようだ




観客の後ろに今年は桟敷席が作られ、招待者などの席。



観客は真上を見上げて ハラハラ



こんなに近くで 命綱なしで



知事さん 満足顔  観客にとっても嬉しかったですよ




神馬が撞舞通りを駆け抜けて 終ります



関東鉄道 佐貫駅売店にはってあったポスター





龍ケ崎の撞舞は市のホームページ(クリック)で丁寧に紹介されています



より興味のある方は 中山一生・龍ケ崎市長ブログ(クリック) を御覧くだされ



中山一生(なかやま・かずお)氏は龍ケ崎市長2期目ですが、市長になる前にこんなことを言っています。

「撞舞」は龍ケ崎市にとっては大切な文化財で、最近は時代の流れで行事を省略したり省略傾向にありますが、このような古き良き伝統、歴史的文化財は大切に守り伝えていかなくてはなりません。
撞舞以外は行政の補助も一切なく、各町内の負担で執り行われており、その負担の重さにお祭りの存続さえ危ぶむ声があるほどです。

八坂祭礼に限らず、龍ケ崎の伝統文化に関しては、時代の要請もあり行政はその保存伝承に積極的に関与すべきであると考えています。

2009年07月27日のブログより


 




「撞舞」を見せてもらっての私の注文は、撞柱の周りだけでいいですから、電柱を地下に埋めてもらえないでしょうか。
そうすれば、舞男の演技が、もっとはえるのではないでしょうか。

龍ケ崎市長さん。ぜひともよろしく。





では 野田市の場合は

市のホームページで津久舞開催場所と日時が知らされない

これでは 野田市以外の人々は見に行くことが出来ません



「津久舞」と「撞舞」

ともに県指定、国選択の無形民俗文化財なのに・・・


野田の人たち 特に行政の人たちよ

龍ケ崎のやり方を 是非見習ってほしい


「命をかけて柱に登る重次郎さんに申し訳ない」
と思いませんか







大地の神様に津久舞の無事を祈って

津久柱建立の時、鳶頭の野口さんが「鎮物」を埋めました。

これは「しずめもの」で、新築時の地鎮祭で埋める物と同じでしょう。


どうか無事に津久舞が奉納できますように・・・・。

どうか多くのお客様においで頂けますように・・・・。


ところが、 祭りの日に我が連れ合いからこんなことを・・・。

「観客が少ないじゃないの。なんとかならないの」

よし、龍ケ崎のツクマイはどんな風にやっているか。

見に行ってやろう。

それがTOPの報告です 。龍ケ崎撞舞を見に行くtopへ    

 

 



さあ津久舞だ



2016年 7月16日(土)夜8時
キッコーマン駐車場で(昨年と同じ場所)


今年7月16日は こういう景色が見られるかも



今年から 江田重次郎が 一人で演技します

津久年番は上町  若衆頭は 荒井さんです








以下は昨年の記事


平成のジュウジロウ・岡田真吾さん

津久舞が終わった7月末、世間の話題は「宇宙飛行士の油井 亀美也」さんでした。

油井さんの姿を見て、私はなぜか野田津久舞のジュウジロウさんを連想しました。

ジュウジロウさんは、高さ15b、直径45aの津久柱の上で、曲芸と神事を繰り広げます。

最後には一本の綱を真っ逆さまに滑り降ります。このスリリングなフィナーレは野田津久舞のすごいところです。

ジュウジロウさんも宇宙飛行士も、共に「スーパーマン」です。
ですが、私の目からはジュウジロウさんの方が格が上です。
宇宙へ行った由井さんは誰が見ても「人間」ですが、ジュウジロウさんは「神様」だからです。

その神様が、今年の津久舞で「勇退」されました。
「平成のジュウジロウ・岡田真吾」さん。

あなたの姿と勇気ある演技は観客の心に、清々しく残りました。
いつまでも忘れないことでしょう。

本当はもっと多くの人に観てもらいたかった。
      

    岡田さんの会社の広告から引用(部分)

「野田市のペンキ屋さん」の社長さん。ご苦労様でした。





岡田さん 勇退津久舞 直前に「 2015-07-18



これは師匠・倉持和紀さんから 弟子・岡田真吾さんへの祝福か



16年間のジュウジロウフィナーレを飾る演技



兄弟分に喜びのサインを送る






喜びの視線の先にいた人は倉持和巳さん(左)です。
---これは2010年07月14日撮影---
和巳さんの父親は岡田真吾さんの師匠で、鳶頭・倉持和紀さん。11回ジュウジロウを勤め、2000年に、病気のため岡田さんに引き継ぎました。そういう意味で二人は義兄弟です。
初代地元出身のジュウジロウ、倉持和巳さんは岡田さんのジュウジロウ演技を見て亡くなられました。

先代・倉持和巳さんは、「虹」となって、岡田真吾さんへ「天からの祝福」を贈られたのでしょう。







2010年、岡田さんの津久舞フィナーレ




2010年の表情







 

津久舞 音合わせ 7月14日の岡田真吾さん


「大綱滑り」を無事終えて この笑顔 

平成のジュウジロウ ますます元気










必見 2015年の津久舞

 

今年は 平成のジュウジロウ・岡田真吾さんの勇退津久舞



 7月18日(土曜日)  午後8時頃開始

場所は キッコーマン駐車場

野田市駅下車 歩いて約5分

野田市郷土博物館
(〒278-0037 千葉県野田市野田370−8)
のとなりにあります





以下は昨年2015年の記事です 今年2016年は多分載るでしょう


野田市のホームページ イベントカレンダー (クリック)

7月18日に 津久舞のことが載っていない

これでは 近隣の人に気がついてもらえない

野田三ヶ町の夏祭り 中日の神事が野田津久舞

スリリングなこと日本一  誇れる文化なのに

岡田ジュウジロウさんに申し訳ないではないか

「野田みこしパレード」はトップに 載っている

これじゃ あきれたイベントカレンダー

野田人よ 足元の価値を 見直せ


 
      


このサイトをご覧になった方から こんなメールを頂きました。

2015-07-02





はじめまして

「野田市はもっと津久舞を宣伝するべき」
とおっしゃってるのを見て、思わずメールさし上げました。

以前から野田の津久舞が見たくて、今年こそと
野田市観光協会のホームページから何日にどこに行けば
見られるのか? と問い合わせた返事が下記です。

ーーーー

このたびは野田市観光協会のホームページにお問い合わせいただき、ありがとうございます。
お問い合わせのつく舞の演舞を見たいという件について、説明させていただきます。

野田の津久舞

 開催場所:野田市内上町地区、仲町地区

      ※つく舞の開催場所は、その年により異なります。

 開催日:上・仲・下町の三カ町祭り(今年は7月17日〜19日)の中日
 開催時間:19:00から津久舞式典開始。20:00頃から津久舞開始。
 ※さらに詳しい内容を聞きたい場合、三ヵ町まつりの主催である野田商工会議所にお問い合わせください。Tel:04-7122-3585

野田市へのご来訪を心よりお待ちしております。

*****************************************************
野田市役所 自然経済推進部 商工観光課 商工観光係 新田
TEL:04-7125-1111(内線)3972  FAX:04-7122-1557
E-MAIL:syoukouka@mail.city.noda.chiba.jp
*****************************************************
ーーーー

結局なんの答えにもなっていない
「自分でココに電話して聞け」と言う訳です。
この人たちって何の仕事してるんでしょうか。

あきれていたところ貴サイトを見つけました。
18日(土)にお伺いします。

その他の記録動画やお囃子も大変参考になりました
記録アーカイブスの完成を楽しみにしています。

ありがとうございました
急ぎ御礼まで。




参考までに龍ケ崎市の市役所はこんな対応です


素晴らしい

龍ケ崎市の撞舞(つくまい)案内へ跳ぶ---クリック


野田市 龍ケ崎市 共に発信元は「商工観光課」。

同じ名でこうも違うか、観光課。



2008年に、津久舞を見ようと野田市駅に降りた時、

どこにも案内がなく困りました。

この状況は今も変わりません。私もあきれています。


津久舞は、「超スリリングな神事」です。
命綱は使いませんので、落ちたらとんでもないことに。

演じているのは専門家ではありません、勇気ある野田人。

これは大いに見て頂く価値があるのです。
見たら腰を抜かすほど感動するでしょう。

本当なら、遠くから来てもらいたい。

もっと広報活動に力を入れて欲しい。




追加として言いますと

私が住んでいます松戸市では、
松戸市と龍ケ崎市の観光協会が、友好都市宣言を結んだ縁で
「広報まつど」で、龍ヶ崎「撞舞ツアー」参加者者を募っています。

松戸市もなかなかやりますね。


大北 寛








津久舞のドキュメンタリー映画
 

2016年まで取材する予定
ですので完成は2年後です




上映1時間、津久舞に参加する人達のエネルギーに注目。



3年前に元気な声を張り上げていた仲町長老の声と姿も動画で紹介しています。

出来上がりは、2017年になるかも。気長にお待ち下さい。

いま流れている子どもたちの元気な津久ばやしが、随所に流れます。







津久舞 直前に豪雨
=2014-07-19



仲町の底抜け山車を押す女の子 可愛かったですね
このあと大雨になって   小学生のお囃子は中止に



その頃の 仲町の神酒所の様子
「雨乞い神事だ  濡れていこう」
・・・・その後が大変なことに



夕刻 にわか雨とはいえ どしゃぶりに



茂木区長と鈴木若衆頭 ぎりぎりまで待ちました



天の助け 津久舞直前に雨が止みまして



津久柱はドボドボに濡れていて こんな状況は初めての経験 
岡田さんは「下り綱を降りる時は 水の上を滑るようでした」




今年の津久舞は直前に豪雨となり、実行危うい状況となりました。
茂木佐平治区長の決断で、やるかやらないかは、津久柱の前でジュウジロウさんに決めてもらおうということに。

このあたりのやりとりが撮れました 。
一年後完成予定の津久舞ドキュメンタリー短編映画で見て下さい。
鈴木若衆頭の言葉。「仲町の良さが出ました」

この茂木佐平治さんは、仲町の区長であると共に、須賀神社の氏子総代です。






津久舞予行=2014-07-14


津久舞を支えるのは若衆の皆さん。
中央の方は滑り降りてくるジュウジロウさんを受け止める重要な役割があります。
こういう方がいるからジュウジロウさんは思いきった演技が出来るのです。
「岡田さんは、当日はもっとスピードをつけて降りて来ますよ」と言っていました。

なぜこちらを見ているのか、その訳は、ジュウジロウさんのためにクーラーにある冷たい水を取りに行こうとしているのです。  ご苦労様です。




練習は全て終わりました

7月19日 午後8時から 野田津久舞は始まります






本柱建つ=2014-07-06

タグリツナを滑り降りる演技は 野田津久舞にしかありません



二人ジュウジロウ




岡田ジュウジロウの大滑降



タグリツナ担当は下町の若衆



野口さんは みんなから「カシラ」と呼ばれ 信頼度-大




どうしてこんな表情に 多分「うまく行った」と満足されたのでしょう


江田ジュウジロウの逆立ち




津久柱の本柱は14,5b  練習柱との差は2,5メートルですが ものすごく高く見えます 
スキージャンプで言えば ノーマルヒルとラージヒルの差ようです




雨中の式典=2014-07-05










左から 仲町 上町 下町の若衆頭 衣装が各々違っています






津久舞:7月19日 土曜日


津久年番 仲町







仲町の練習会
=2014-07-04













このメンバーは 津久舞当日 津久柱下の舞台で演奏します





江田ジュウジロウ がんばっている=2014-07-02







タグリツナの張りを見る倉持さん。この方のお父さんが野田における初の地元出身ジュウジロウ・倉持和紀さんです。



倉持和紀・地元出身ジュウジロウから数えると 江田さんは3代目になります






この貴重な伝統を 多くの人に 知ってもらうために

くどくどと 言わせてもらいます




私の言い分は、「野田市の職員は、インターネットでの告知をもっと早くやりなさい」です。

6月30日に確認したところ、野田市のホームページには「野田市報最新号」「7月の月間予定表」に、津久舞のお知らせが掲載されていました。

それでいいじゃないか。何を言うんだ。----多分こんな反論が出てくるだろうと思いますが・・・・。

そうじゃないんです。野田市以外の人に知ってもらうためには、それでは遅い、ということを認識してもらいたいのです。

その上、「二人ジュウジロウ」のことは紹介されず。内容としても良くないですね。



龍ヶ崎市のホームページでは、5月中に掲載が始まっていました。
練習のことも書いてあります。

---6月1日から7月20日までの毎週日曜日(午後6時頃)から市役所南側駐車場で撞
舞の練習が行われます。(雨天中止)見学も出来ますので,お気軽にお越し下さい。---

これだと市外の人が見に行く計画を立てやすいではないですか。


撞舞の記事←に跳ぶ(クリック)



野田市のホームページ---文化財の紹介では、津久舞のことは書いてあっても、肝心の、いつどこで行われるかは何も書いてありません。


津久舞の記事←に跳ぶ(クリック)

近郊の人々は先ずこの記事を読みます。

津久舞の当日、東武・野田市駅に降りても、何の案内もありません。これではいけません。

もうちょっと丁寧に紹介したらどうなんですか。
津久舞には市長さんも出席なさるんですよ。






今年 2014年の津久舞 =6月16日























野田津久舞
=2013-07-13


正式に紹介された「二人ジュウジロウ」 愛宕神社の式典で

写真は左から上町の若衆頭・荒井昌幸 上町区理事長・上原進一 
野田津久舞保存会の会長・石塚秀一 ジュウジロウ・江田和輝と岡田真吾
櫻木神社宮司・高梨富弥 野田市長・根本崇  (敬称略)



岡田真吾さんに続き江田和輝さん 二人のジュウジロウさんの練り込み



小学生の津久ばやし





野田市長・根本崇 仲町区区長・茂木佐平治(敬称略)














観客は帰りました。
残ったのは上町のお囃子の人たちだけになりました。
何か寂しさが残りました。

今年は「二人ジュウジロウ」記念年にかかわらず 、見物人が少なかった。本当はもっと盛り上がると思っていましたが・・・。

私は、告知力が弱かったと思います。
近隣都市から津久舞を見ようとする人が野田市駅に降りても、津久舞の案内はありません。
念願の「二人ジュウジロウ」が始まるのですから、7月9日の「音合わせ」には報道関係に連絡をして、写真入りで出してもらえば効果は大きかったと思います。

「野田津久舞 14.5bの柱に2人が登る」という風に。

龍ケ崎市の「撞舞」は、市の公式ホームページで大きく取り上げられています。パンフレットも作られているようです。

野田の人たちは、津久舞は「野田三ヶ町夏祭り」のひとつの行事に過ぎないから、と言っているようですが、龍ヶ崎の場合も「八坂神社祇園祭」のひとつの行事です。

この奇祭は別物と考えるべきでは。
貴重な神事を多くの人に見てもらってこそ、それが民俗芸能の値打ちではないでしょうか。

龍ケ崎市のホームページ(←クリック) をご覧下さい。

「龍ケ崎市歴史民俗資料館」 には「撞舞」の常設展示があります。勉強になりますよ。

 

利根川沿いに続けられている「津久舞」と「撞舞」。

野田津久舞の場合、ジュウジロウさんは「鳶職」ではありません。
岡田真吾さんは、倉持和紀さんの姿を見て、江田和輝さんは、岡田真吾さんの姿に惚れてジュウジロウを志したのです。

言うならばアマチュアの人が、今の津久舞を支えているのです。

これが文化としての野田津久舞の価値です。
こういう宝物を、野田の人たちは、どうして素直に喜び大切にしないのでしょうか。
考え直して欲しい。



私の津久舞取材は7年になりました。

今年か来年に、30分くらいの短編映画にまとめたいと思います。

タイトルは「 THE TSUKUMAI  ザ・津久舞」 にしようかな。

YOUTUBE に送れば世界中の人に見てもらえます。


参考に2011年のを見て下さい。





最終けい古=2013-07-09





「ジュウジロウ」役の岡田真吾さん


もう一人の「ジュウジロウ」  江田和輝さん

初めて津久柱に登る感想を女性記者から聞かれる江田さん。
その様子を見ながら笛を吹く少年が(手前)がいました。
この少年のお母さんの弟が、江田さん。

「ボクのおじさんは、ジュウジロウさん。うれしくて、うれしくて」
少年の誇らしい気持ち、分かる気がします。



今年の津久舞は「二人ジュウジロウ」です。



これは津久舞保存会の飯塚正武・前会長にとって「夢」でした。


2010-07-17 3年前の津久舞で 飯塚・前会長(中央)


今年の津久舞は


7月13日(土) 野田市のキッコーマン本社駐車場で

夜8時から



津久舞の動画 上のをクリックすると津久舞動画のリストに跳びます

2011年撮影。津久舞のディテールが分かるのではないかと思います。




蛙の面
=2013-07-04



蛙の面を付けたジュウジロウさん



みんな<頑張ってます>=2013-07-02



「二人ジュウジロウ」



江田和輝さん



岡田真吾さん



小学生おはやしのけい古 愛宕神社で





本柱建つ=2013-06-30




本柱(14.5メートル)のてっぺんから、「江田ジュウジロウ」の見事な滑降。見守る若衆から拍手が起こった。





上町の若衆頭・荒井昌幸さん。津久年番3回目です

二人ジュウジロウになり、新しい面(右)が作られた。 左の面は30年前の1983年に。制作者は両方とも上町の荒井義守さん。

 



ついに 「二人ジュウジロウ」=2013-06-27




「岡田ジュウジロウ」に弓矢を届ける江田和輝さん。
                  江田ジュウジロウの初仕事です。




「江田ジュウジロウ」の誕生を祝う少年。
彼は津久舞の日に笛を吹いて応援します。





小学生へ「津久ばやし」の指導=2013-06-25



横関政男さん




染谷家一郎さん





雨上がりの満月の下で=2013-06-22






津久舞けい古まっただ中=2013-06-18



たぐり綱を直滑降で降りてくる時は、下では若衆の皆さんが待機しています。
今年は周りの様子とか、お囃子のけい古なども報告したいと思います。




鳶頭・野口さんの意見を聞く江田和輝さん。けい古は週に3回。



入門した6年前に比べて、体が軽くなったと、本人は言っています。

ある若衆の言葉。「江田君は逆立ちの形がたいへん美しくなった」







最高の写真は 「月下の津久舞」 2011-07-13


津久舞を撮り始めて6年、その中で忘れられないのは、2011年のこの写真です。これにまつわる話を致します。

これは江田和輝さんです。彼が岡田真吾さんにあこがれて、ジュウジロウ見習いになったのは20歳の時、今年で修行は7年目です。

実は「彼女さん」が出来まして、江田さんの練習姿を見たのは昨2012年、祭直前の音合わせの時。
逆立ち場面で、彼女は両手で目を被ったそうです。
怖くて怖くて見られない。当たり前です。

ところが当事者にとってコワイのは、この場面ではなく、てっぺんに立ち上がる時、次にコワイのはたぐり綱に移る時なんだそうです。
とは言っても、練習を始めて2、3回で慣れるらしい。
この場面は、両手で綱を掴んでいるから大丈夫という話。見る方はハラハラしますが・・・。

写真を撮った日は満月で、この前に岡田真吾さんが登ったのですが、その時、月と雲はこんなにダイナミックにはなりませんでした。

私自身でも良いのが撮れたと思います。





津久舞 けい古開始=2013-06-09
 






津久柱に登るのは 江田和輝さん







津久柱に「天竺綿」を巻く。左は鳶頭の野口美樹さん。(柱建ては二人の鳶頭が指導。もう一人は倉持和巳さん)

この「天竺綿」という言葉、夢があっていかにも津久舞のための名前と思ったのですが、本当は半纏(はんてん)などに使う厚手の木綿という意味らしい。



「天竺」とは、昔は、インドのことを天竺(てんじく)と呼んでいて、インドから輸入されたものであった為、この名前があります。厚手のしっかりとした平織の綿織物のことをいいます。
半纏(はんてん)に使用する生地は、「綿」が主流です。
「天竺」と言ったり、「丸紡」あるいは「丸棒」と呼ばれることもあるようです。



ですから、津久柱に巻く布は、半纏(はんてん)などに使用する厚手の木綿地ということになります。


そういえば、津久舞保存会の半纏は、超厚手で、祭本番撮影時に着たことがありますが、暑くて暑くて困りました。

神輿会役員半纏や頭半纏には、正絹(しょうけん)が人気があります。サラサラしてツヤがあり、羽二重(はぶたえ)、富士絹(ふじぎぬ)などがあるそうです。







津久柱を締めている段々はジュウジロウさんが登る時、足をかけるための意味と、たぐり綱の引き加減を計る目印となります。

この引き加減はもう一人の鳶頭・倉持和巳さんの役割です。
そのうち写真でお見せします。








野田市民俗芸能の集い
=2012-12-02




中央小学校郷土芸能クラブ(13人)と 宮崎小学校おはやしクラブ(23人)の
皆さんが「津久ばやし」を演奏しました。

津久ばやしは単純な節回しを繰り返します。これは気持ちが乗っていないと説得力あるものになりません。

名演奏でした。みんないい顔しています。

















演技を見守る下町(しもちょう)の若衆






「野田市民俗芸能のつどい」は、野田市民俗芸能連絡協議会によって、 郷土の文化を保持・伝承する目的で、毎年開かれています。

協議会の参加は、15グループの方々です。
沢昌会、下根獅子舞保存会、十年囃子連、鶴嶋はやし会、中里・楽会、中野台大杉ばやし、七光台お囃子保存会、野田津久舞保存会、バッパカ獅子舞保存会、船形松竹会、本郷囃子愛好会、武者土囃子保存会、柳沢はやし会、上手囃子保存会、梅后流江戸芸かっぽれ梅さと道場。

この日の発表で目立ったのは、小学校の総合学習や芸能クラブの、いわゆる部活が多くなっています。

「子どもたちの手で、野田の郷土芸能が伝承されたらうれしい」と、協議会の会長・飯塚正武さんは話していました。

この飯塚さんは、前の「野田津久舞保存会」の会長でもありました。


飯塚さん、津久舞の現場にも顔を出して下さいね。





柳沢小学校3年生の総合学習発表











清水台小学校郷土芸能部のばっぱか獅子舞

棒術と居合術









獅子舞







フィナーレ



野田津久舞保存会の石塚会長も踊っています






今年は猛暑。雨が欲しかった。
もう一度、津久舞をと願いつつ、
太鼓叩きの祭男子に登場していただきます。

2012-08-31




雨を呼べ 下町の若衆がんばった






2012年の津久舞 終わる=2012-07-14

   

                                    

津久舞は8時半過ぎ修了。ジュウジロウさんの余韻に浸る間もなく、津久柱が倒された。この手際の良さも神業でした。午後9時11分。


竜ヶ崎市の「撞舞」は、2012年は7月29日(日)夕暮れに行われます。
舞男は二人、元気な鳶職の方です。ここは野田の津久舞より歴史は古く、どちらかというと町全体の支援力というか、盛り上がりは野田より上回っているように見えます。



龍ヶ崎の撞舞と比べてみて、野田の津久舞はもっと広報活動に力を入れた方が良いと思います。

龍ヶ崎市野田市の「つくまい案内」を見比べてみて下さい。

          




野田津久舞 2012年 けい古始まる


修行中の江田和輝さん


「平成の重次郎」・岡田真吾さん

野田津久舞のけい古は6月3日から。今年はいきなり高さ14.5メートルの本柱でやることになりました。写真は6月11日撮影。

                                          



野田津久舞 2011年

報告はすべてYOUTUBEで






入口です

 

クリックすると動画リストになります


岸和田だんじり屋根上乗り手と津久舞のジュウジロウ
ともに相当根性のいる役割でしょうね



野田津久舞は無事終了しました。

「平成の重次郎」・岡田真吾さんの見事な津久舞。そして修行中の江田和輝さんの進歩。これなら「二人ジュウジロウ」の夢もそう遠くないと確信しました 。

江田さんはよく頑張りました。
特訓を願い出るなど、気合い十分の好青年です。

さて、この野田の地では、かつては津久舞の演者を龍ヶ崎に頼っていました。
地元初のジュウジロウは、町内鳶の倉持和紀さんで、平成11年まで務めました。

その倉持さんに入門したのが岡田真吾さん。岡田さんの姿にあこがれたのが江田和輝さんで、修行して3年目になります。

「死ぬ気でやる気はあるのか(言葉のまま)」が、二人にかけた最初の言葉だったと話して下さった飯塚正武さんから、保存会の会長は石塚秀一さんに代わりました。
飯塚さんご苦労様でした。あなたは野田津久舞育ての親です。
石塚新会長、津久舞の文化はそんじょそこらにはありません。ひょっとしたら世界中でここだけかも。これは苦労をする価値があります。がんばって下さい。

今回は稽古日毎にまとめたので10本の動画になりました。

再編集しないで、そのままを今年の記録として残します。この雑な記録がけっこう貴重かも。




津久舞 2011年の練習経過



ジュウジロウさんの練習は、6月15日(雨で中止)、21日、28日、30日、7月5日、7日、11日、13日に行われました。

場所はキッコーマン本社裏の「キッコーマン駐車場」、夜7時30分から。


6月12日 練習柱建て   12Mの柱を建てました。

7月03日 本柱建て  本番通りの14,5Mの高さに。

7月16日 津久舞  午後8時から (三ヵ町夏祭りの中日に)


16日のスケジュール
  17:15   津久舞おふれ 下町・上町・仲町
  19:45   津久舞式典 ベイ信金駐車場
  おねり   津久舞会場まで
  20:00頃   津久舞開始 津久舞会場(キッコーマン本社駐車場)



キッコーマン本社駐車場は 
千葉県野田市野田250キッコーマン本社
で地図検索をして下さい。
津久舞会場の駐車場は本社の裏にあります。



下町祭り同好会「紫茂龍」のホームページへ


津久舞とは(文化庁・国指定文化財等データベースへ)




以下は静止画です



6月16日 昼間の練習柱




6月16日 練習柱の見える道

 

 









最新映像
ページのTOPへ
掲載写真の著作権は大北寛にあります
コピー 転載はお断りします