活動の記録-P
最近は新しい道路つくりに絞ってお伝えしています


赤いリボンは 切られる印(しるし)=04月15日



 

【むつみ梅林の伐採される梅の木に捧げる詩】

花を愛し、木を愛し、

全ての生き物を慈しんだ関睦美さんの名前をもらった「むつみ梅林」

満開の梅林に 人々は集まる。

梅の実はみんなの手で収穫されて、梅酒に梅干しに。

梅の実を売って、梅干しを売って「関さんの森を育む会」の資金に。

貯まったお金で、ポスターをつくり、カラーチラシを配って、

関さんの森が守られた。

伐られゆく、むつみ梅林の梅の木にありがとう。

関さんの森を守ってくれてありがとう。

すてきな森を子どもたちにありがとう。

関さんの森からありがとう。


武笠紀子(むかさ・のりこ)






エノキが消えた=4月14日伐採



2010年04月15日の様子




エノキのあった風景



2009-02-22


2008年12月21日


2010年01月13日


2009年04月08日


2010年01月13日


2010年02月04日


2009年05月14日


2008年08月08日


2008年08月07日

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2008年04月02日


2009年10月15日


1年半前(2008年10月08日)の様子




切られたエノキ







関美智子さんが年輪を数えたら25ありました
これは実生(みしょう=種から芽が出て生長)





キンモクセイ空を行く=4月15日



関家玄関脇のキンモクセイ大木そばにある小振りのキンモクセイを移植









玄関に揃って様子を見守る関家の面々



ここが移植先 枯れてしまった「大サザンカ」の隣





道路建設地に植わっていたキンモクセイが関さんの屋敷内に移植されました。
これは30年ほど前に植えられたもの。重さは1.4トンほどあるので、大型クレーンを使って空中運搬。道路造りの中で初の大がかりな作業でした。
移植先は枯れて根っこだけ残っている「大サザンカ」の隣。この「大サザンカ」は関家を代表する名木でした。

雨の中の作業だったので見守る人は少なかったのですが、関ネコさん達は玄関に行儀良く座って様子を見守っていました。





何やら寂し。悲しくもあり=4月13日












4月12日から樹木の伐採と移植が始まりました




第3回まちづくりフェスタ=2010年3月28日





今年は半分以下の広さで、その上、花冷えで ・・・


これは昨年のようす



これは2年前



寒かったけれど、桜はすでに咲いていた。
私はこの日から関さんの森に通い始めた。






いざ! 梅の木を移さん!=3月1日










関さんの農園へ 21本が移植




裸になった「むつみ梅林」 発掘調査で深く掘られる予定


新松戸側新道取り付け面 この梅林も今年で見納め


道路建設真っ最中の水戸街道側





ケンポナシの移植準備=24日〜25日



ケンポナシ移植の根回し作業が始まりました(24日朝9時すぎ)


24日


24日


25日



皮をむいた根の左の方に白い薬が塗ってありますが、これが発根剤で、ここから毛根が生えてきます。根の先には皮がありませんので水を吸収できません。つっかい棒の役割です。
この根の下の部分で波板の根っこ側には肥料を混ぜた土が入っていて、毛根の発生を促します。これが根回しの重要な役割となります。




25日


25日

樹齢200年ともなると根回しは2回に分けて行います。今回は半周の根回し、来年今頃に残りの根回しを行い、それ以後木を動かします。



赤ちゃんのおしりを撫でるように=19日〜25日


19日


こどもの広場のケヤキの大木の根回しが始まったと聞いたので見に行きました。

午後2時頃なので私以外の見物人はいませんでした。
ここから入っちゃいかんと表示のある柵が出来ていまして、もうちょっと中に入って写したいなあとは思いましたが、まあしょうがないと思いながら観察していましたら、「赤ちゃんのおしりを撫でるように仕上げる」、確かそんな声が聞こえてきました。
富士植木の人たちは繊細な神経を働かせて根回しをしているのでした。
写真に野球帽の人がいるでしょ。教育委員会の方で、根回しの外枠の部分に遺跡がこびりついていないか見に来ているのでした。
これには根回し作業中の方たちも、さすが、と思ったようです。

私は両者とも、「さすが」と思いました。

この大木をつり上げるのは今年の暮れあたりになるとか。


迂回道路はこのケヤキの上を通り、緑色のフェンスの右側になります。
なお、この広場が幸谷城跡らしい。



24日


25日




梅の木を切りたくない=2月17日



この小さな梅の木を生かす方法を考えた



エアー・スコップで土を飛ばす





このくらい根っこが出れば大丈夫






残す根っこの幅で枝を切り落とす高橋英吉千葉大学名誉教授



これで完成「記念の写真 どうぞ」




文化財保護法 第93条にこうあります。
埋蔵文化財の保護上特に必要があると認めるときは、(中略) 文化庁長官は、(中略) 埋蔵文化財の記録の作成のための発掘調査の実施その他の必要な事項を指示することができる。


関さんの森あたりは縄文時代から人が住んでいた。そしてこどもの広場は 「幸谷城」と言われ、戦国時代当地を支配した高城氏の城館がここにあったと伝わっています。

そこで、小金城(大谷口城)と根木内城の中間にある「関さんの森」のこどもの広場と「むつみ梅林」に新しい道路を造る前に、埋蔵文化財の発掘調査が必要となったわけです。


梅林はフェンスで囲まれ、深い穴や浅い穴が掘られた。浅いところで中世の生活遺物が見つかったのです。

どうやら、道路用地の梅の木を移植し、縄文及び中世の遺跡の本格調査を始めることもほぼ間違いはない



地権者の関美智子・啓子さんは道路が出来るからと言って梅の木を切ってしまうなんてことは許さない。ここを亡くなった睦美さんの気持ちを伝えて「むつみ梅林」と命名したほどです。そういう気持ちからすべての梅を移植しようという計画だったのですが、移植のための根回しをすると60センチくらい掘らなくてはならない。60センチだと中世の遺跡も壊してしまう。

そこで江戸時代から植木屋をやっているという造園の老舗・富士植木の方々、教育委員会の遺跡の専門家、道づくり課の皆さん、そして関さんの森の仲間、高橋英吉千葉大学名誉教授が検討した結果、エア・スコップ(コンプレッサーで土を飛ばず)を使って
根を裸にすれば、遺跡地層は残したまま作業が出来るという結論を得ました。
この方法でも深く根を張っている木は移植をあきらめるざるを得ない、ということです。

ところで、この「エア・スコップ」という方法はめったにやらないので、終わったところで「記念のお写真をどうぞ」なんてなんて声がかかりました。

いやいや、いいですね。こういう場面になると、昔の敵も今日は友に、けっこう和気あいあいと・・・・。
いいぞいいぞ。市長さんの約束のように、早くもっと広く多くの人たちと道造りを協議しあえる場を頼みます。道づくり課の大戸課長さん期待しています。
でも、もう遅いよなー。

花樹日本一の高橋先生、きょうも頼もしくかっこよかったです。





なお、今日(2月17日)の朝日新聞によると、2010年度の松戸市一般会計予算案発表。

▽「関さんの森」を迂回する幸谷・二ツ木間の街路整備費(4億6269万円
)





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