活動の記録 イチカシ部活取材のラスト「卒業のサインに跳ぶ(クリック)


すごいね イチカシ校歌





柏市立柏高校の校歌には

クラシック・アカペラ・ポップス・ジャズ・ゴスペルバージョンなど、さまざまな編曲がある

この「クラシック校歌」は、卒業式で、あふれる涙をぬぐって大熱唱される

作詞 作曲 中村八大

これには面白い話がありまして

石田修一先生が、中村さんにお願いに行った時

「ボクが詩も作るから」と言われたそうな



「広報かしわ」には
初代校長の大 塚嘉一郎さんが大学の同窓生であったことから、
校歌を作っていただく機会に恵まれま した

とありますが 、私は 石田先生のエネルギーが影響していると思 います

これを「イチカシブラバン歌」と紹介しても、疑う人はいないでしょう

すごいね、熱血教師・石田先生



私はこれ以上力強い校歌を知りません

ぜひ 甲子園で歌ってもらいたい


2015-08-10


校歌使用は学校の許可(2007年)を得ています




久しぶりの市柏ブラバン 2013-04-29

ららぽーと柏の葉 リニューアル オープン

写真は「かしわ踊り」  





何年かぶりで、市柏ブラバンのサウンドを聴きました。

さすがイチカシ、背筋がシャンとしました。

そういうこと以上に今日は意味がある日でした。

7年前の、2006年11月22日。

その日は、「ららぽーと柏の葉」のグランドオープン。

つまり、この地に大きな商業施設が開店した日です。

その日のために準備された音楽がありました。

それは「サンバ・DE・ららぽーと」

今流れているのがその曲です。


「サンバ・DE・ららぽーと」についてですが・・・。

私は、毎日繰り返して演奏されるものと思っていました。

この曲で店が開き、昼時に流れ、閉まる時間にも。

ところが、そうは行きませんでした。

7年前のオープニングの日、たった一日限り。

「なぜなの。どうしてなの。ららぽーとの社長さん」

この気持ちは、イチカシブラバンの顧問・石田修一先生も同じ。

悔しいね。石田さん。

この曲は、田嶋勉先生(市柏ブラバン元顧問)の作曲。

田嶋先生は、地元の曲をたくさん作っている。「柏ハッピー」も。

音楽は文化ららぽーとの中でこの曲を流して


私は、7年前のグランドオープンの日にイチカシの演奏を初めて聞いて、

以後、この市柏ブラバンを3年、松戸馬橋高校演劇部、そして今の

市川南高吹奏楽部(市南吹部)と、高校生の部活取材を続けました。


-----「南高梅」と言えば、紀州の梅の代表名ですが、これは和歌山県南部高校園芸科の先生が、生徒と共に探した梅に付けた名前です。
「南高(=南部高校)梅」と。

「サンバ・DE・ららぽーと」も、そうなったら楽しいですね。


ところで今日の演奏は2、3年生150人。今年の1年生は90人。
イチカシブラバンは240人の大所帯。
このみんなに主役を経験させる、と約束するのは顧問の石田先生。

石田修一先生、ますます元気。



懐かしの光景です




2006年11月22日 オープニング記念演奏会

「サンバ・DE・ららぽーと」を歌うイチカシ生




あなたは30年後の自分を想像できますか


今の私は30年前に会ったある建築家の影響を受けたと言ったら、ホントかいなと思うでしょ。
実はそうなんですよ。

あなたが30年後、あっそうだ自分の今ある姿は、高校部活の顧問の先生のお陰なんて思うかも。

「仰げば尊し 我が師の恩」

そうなるかもね。


私は先日、伊豆諸島の三宅島に行って来ました。

 

1980年に、日本建築学会賞に輝いた「生闘学舎」という建物に会いに。




これが生闘学舎。写真↑をクリックすると跳びます。


生闘学舎の精神は

「生きることは闘うことであり学ぶことだ」







この取材はすでに終了し、登場する生徒さんは卒業しています。
それにもかかわらず見に来て下さる方が多く、全国に広がっています。
市柏ブラバンがテレビに出ると、グッと増えます。中には30分以上かけて見る方も。ありがたくあり、不思議でもあります。


お勧めの番組は
オートスライド メニュー(クリックして下さい)
←クリックで跳びます
18本のオートスライドを市柏ブラバンのBGMで見ていただきます。


 

イチカシブラバン物語においでくださいましてありがとうございます


私は今YouTobe を沢山作っています どうぞ覗いて下さい

タイトルをクリックして下さい

市南吹部(市川南高吹奏楽部)STORY  
 
関さんの森   <森林環境教育映像祭で 銀賞 を受賞>  
 
 
津久舞  
 
         
   

ばんざーい ミドリ---「市南吹部」取材のきっかけに跳ぶ(クリック)

市柏 現在市南吹部の緑川裕先生 がんばる 2011-09-10



ミドリ先生の  市川南高校 東関東大会で 
         



スカート姿ばかりに驚いた=8月21日


日本テレビの「24時間テレビ」にイチカシが出演したのですね。深夜になってアクセス数がグンと増えているのに気がつきました。

「YOU TUBE」のようなムービー画面があったので見て驚きました。
なんと女子ばっかりのように見えます。
古い話ですが、吹奏楽の始まりは軍楽隊で男の世界でした。私の若い頃、といっても50年も前ですが、金管楽器は男が吹くものと決まっていました。
その花形、トランペットは女には無理だと思われていました。イチカシではラッパマンと呼ばれていますしね。
今では、その領域に女が増えています。
私はいまでも、ラッパは男の楽器だと思っています。
トランペット奏者・日野皓正さんの様に、ほっぺたを膨らませて高音を吹く顔を、女の子に置き換えてご覧なさい。想像できますか。
まあ高音の鋭い音を女の子が吹いている姿をあまり見ませんが・・・・・。

そうですね。私がイチカシに通っていた2007年頃にはもっと男子がいたと思うのですよ。今回の放送では、男子があまり見当たりません。ブラバン界の様変わりでしょうか。
部長選挙では、「部長は男子に限る」なんて決まりがありまして、私は「なんで? 女子部長じゃいけないの! 考えが古いね」と、からかった思い出があります。
今回の番組では生徒代表あいさつが女子だったので、やっと、部長は男女を問わないことになったのかな、と思いました。
けれど、女ばかりのブラバンは、寂しいですね。
男らしい男がでんといなければ、ブラバンじゃない。太鼓叩きの色男もいないとね。


あ、そうそう。「ザ・ワールド・オブ・ブラス=2009年5月9日」(クリックで跳ぶ)で、ダンスの主役に男子が登場しています。
主役・K君は元々はトランペット、マーチングでは「演技するシンバル隊」の中心になり、ついには女子しかやらなかったフラッグの演技まで、幅広く活躍しました。
それはいいことだと思いますが、やはり、男女半々くらいにならないものか。

あのぉ−。追伸です。クラシックの世界では女性のトランペット奏者がいることは知っています。

私は単純に、もっと男子が増えて欲しいとぼやいているのです。




さて、私のサイト「イチカシブラバン物語」を1時間ほどかけて見て下さる方がいます。
ありがとうございます。

をご覧下さい。

今日のテレビ「踊る吹奏楽」のルーツは、2007年頃のマーチングの演技にあることが分かると思います。
シンバルの扱い方は「アリランの扇子」と「演技するシンバル隊」の合体ではないでしょうか。






ブラスは響く=高校野球の応援力

2011年8月7日、テレビで甲子園大会の習志野高校(市習)と静岡高校の対戦を見ました。

曲目が多い。音質が違う。音量が違う。怒濤の如き波動が選手を押す。習志野高校の応援力はすごかったです。 ブラスの力をしっかり見せてもらいました。
解説によると2001年以来の10年ぶりの出場とか。200人の吹奏力で習志野(市習)が6対1で勝ちました。

ちょっと待った。その話は市柏ブラバンと関係ないんチャウ?
・・・。まあ、まあ。そう堅苦しく考えなくていいんチャウ?

これからするのは、怒濤の市習ブラバンと今の千葉県高校吹奏楽の基を創った人の話です。
ちょっとは市柏と関係あるんよ。仲を取り持つのは50年前のボク。まあ聞いてちょ。

その人は「新妻寛」さんで、実は私は50年前に同じ学生寮に住んでいたのです。
その学生寮は習志野高校のある場所近くにありまして、かつての千葉大の腐敗研究所の隣り、習志野練兵場の軍馬飼育場跡に建っていた平屋の二棟。
それが千葉大学教養課程の学生寮で、「無名寮」と言いました。
「丘陵果てなき習志野の、薫風の地に集いしは、ふるさと遠く離れ来て、永久の真理を究むもの・・・・」なんて寮歌でした。

休みの日になると、かつての軍施設をそのまま使った食堂棟から「馬小屋」と呼ばれていた板張りバラックの寮内に、フルートの音色が流れてきました。美しい音、その上演奏技術抜群で、寮生はみんな聞き惚れていました。
笛を吹いていた人とは特別な付き合いはなかったのですが、「新妻」という珍しい名前だったので良く覚えています。

後で分かったことですが、「新妻」さんは習志野高校の物理の先生となり、吹奏楽部を創り、今の千葉県吹奏楽連盟を築いた、その人だったのです。

数年前でしたか、県民プラザへいらっしゃった時、50年前のあの笛の主が今の千葉県吹奏楽連盟の新妻寛理事長であることを本人に確認しました。

甲子園の感動は球児の姿だけではありませんでした。
ブラスの力がすごかったので、「市習ブラバン」のルーツに思いをはせてしまいました。
今日の甲子園のブラスの響きを新妻さんはどんな風に聞かれたでしょうか。
私は静かな感動だったのではと思います。感動は静かなほど大きい、と言うではありませんか。


ところで、オートスライドシリーズの中に 「ブラバン甲子園」があります。
2007年に一年生全員が緑川先生と共に千葉球場へ。2回行ったと思います。
残念ながらコールドで負けてしまいましたが、1回目の応援から帰った時、石田先生がこんなことを言っていました。
「勝ち進んだらブラバン全員で応援だ」

ブラバン甲子園へクリック

もしも、もしもですね。千葉県大会で「市習」と「市柏」が対戦したら・・・・。
応戦合戦はすごいことになるでしょうね 。
がんばれ、市柏野球部!!

ああ、これでやっと市柏ブラバンの話でまとめることが出来ました。
よかった。よかった。

追記  ありました。ありました。
2006年夏の甲子園千葉大会 2回戦
習志野(市習)対市立柏(市柏)   1対0で習志野の勝ち
プロに行った「坂本大空也」君は2年生で3番バッターでした



   もうひとつ 追加
  

第53回千葉県吹奏楽コンクール 本選大会 審査結果
平成23年8月7日(日)高等学校B部門

県立市川南高等学校 県代表   

ばんざーい
ミドリ !   







「笑ってこらえて」石田マジック


2011年7月20日


市柏ブラバンがテレビで紹介されると、わたしのサイトを見に来て下さる方がぐんと増えます。
今日の「笑ってこらえて」番組案内では「石田マジック」と書いてありました。どんな内容になるのか、実は大変興味がありました。

私が市柏ブラバンに通い出した2006年の秋、当時の2年生から「石田マジック」という言葉を初めて聞きました。

その時の彼の言葉では、今日のテレビで石田先生が話されたものとはちょっと意味が違っていました。
当時の2年生は、アメリカでの「ローズパレード」のことを言ったと思うのですが、みんなくたくたになって、もうどうしようもなかった時、石田先生のひと言で元気を盛り返したことがあったのだそうです。

実は、市柏ブラバンの活動を見ていて、石田さんは本質をついた言葉で生徒を励ます場面が何度もありました。

例えば「オートスライド----吹奏楽のための24の季節で(2007年〜2008年)」のはじめの部分で紹介していますが、「全日本高等学校吹奏楽大会 in 横浜」の前日の練習でのひと言「異様な集団と見られたら大成功。そのつもりでやれ」がいい例です。それが私の目撃した石田マジックでした。
結果はすごかった。優勝・グランプリ・横浜市長賞・イトーシンミュージック賞と、賞という賞を全部もらったのでした。

どうぞ「オートスライド----吹奏楽のための24の季節」(クリック)と「解説」をご覧下さい。

石田マジックの真髄が分かってもらえると思います。

そして、多くのブラバン卒業生は、社会のあらゆる分野で「直伝 石田マジック」で、困難を乗り越えていることでしょう。「石田マジックは技術ではありません。人を動かす魔法の力」です。


ところで石田マジックとは直接関係はありませんが、野田市で取材した「津久舞」は命を懸けた芸能です。
見て下さい。すごいです
。今年は動画で記録しました。

←クリックして下さい





テレビの「笑ってこらえて」を見て

2011年6月21日

市柏ブラバンがテレビに出ると私のサイト「イチカシ・ブラバン物語」を見に来てくれる人が増えます。
テレビには出なかった話を一つ紹介しましょう。

市柏のマーチングは今や日本を代表するほどになりましたが、これは最近のことで、私が取材していた2007年頃はまだそれほどではありませんでした。

当時マーチングの指導は2年目の緑川裕先生(現市川南高校教諭)でした。
「1年前のマーチング指導では、生徒と自分の心の中で一体感がなかった。今年は違う。生徒たちが自分を信頼してくれている」
マーチングの全く経験のない1年生が、5ヵ月後に、全国大会で「金」という大変な経験をしたのです。
オートスライドの「金賞への道」と「部活考」をご覧ください。
先生もすごいが、しっかり付いてきた生徒もすごいことが分かります。

本当はもっとすごいことがあるのです。
柏市立柏高校の場合、マーチングは1年生と2年生だけ、他校と違って3年生はいません。
3年生になると全日本吹奏楽コンクール(いわゆる普門館大会)と日本管楽合奏コンテストの組に分かれて、ひたすら音楽を磨く。
こんなやり方は全国でここだけだと思います。
あえてそういう方法をとる石田修一顧問のすごいところはそこです。







自動車整備の専門学校生--2010年3月 市立柏高校卒・トロンボーンの桑原史弥君から
うれしい便り
=2011年05月27日


有名自動車販売(←この部分-大北寛が表示)
千葉株式会社に内定が決まりました
国家試験の勉強をしっかりし来年からメカニックとして社会に出れるように頑張りたいと思います
まずはご報告をと思いメールさせて頂きました

おめでとうございます こういう連絡をもらうと本当にうれしい 素直な桑原君ですからお客さんから好かれること間違いなし

君の言葉 一カ所 「ら」抜きになっています
若い人の中では当たり前の日本語でしょうが  それさえ直せば言うことなし 



「Over the Rainbow」

虹の向こうの空は青く
信じた夢はすべて現実のものとなる







<こんな事がありました>市柏ブラバンアクセス急増

2010年10月3日夜、市柏ブラバンが日本テレビに出演しました。

直後からこのサイトへのアクセスが急増。800に。
(注:このアクセス数は人数ではありません。「イチカシブラバン物語」の中のオートスライドの5番組を見た人がいると、アクセス数は「5」となります)
中には「イチカシブラバン物語」を一時間もかけて見てくれた人も。別の日には一時間半の人もいました。
それはまことに喜ばしいことです。

・・・が、深夜になってサーバー会社からメールあり。データ転送量が契約量を超えています。余り多くなると接続を止めますよ・・・。

次の日の4日にもアクセスは500。またまたサーバーから、もっとデータを減らしては・・・との注意が。

実は私のページは写真が中心、そして一枚のデータが大きく点数も多い。
しようがないですよね。一年に一度くらいこんなことがあります。

いやはやたいへんです。(林家三平さんのセリフみたいですね)

・・・が、
卒業してもがんばっている桑原君の姿を日本中に伝えることが出来ました。
・・・けっこう、けっこう。







2010年3月の卒業生・トロンボーンの桑原史弥君から連絡。
「9月19日に埼玉県川口市のりリア音楽ホールで定期演奏会。自分はソロを一曲吹きます」と。いいぞ桑原君がんばれ!
(2010/08/01)

以下その報告です

  

卒業した桑原君 初の演奏会でソロ=2010年09年19日



桑原史弥君が「川口交響吹奏楽団」の定期演奏会で初舞台 トロンボーンソロを披露 「虹の彼方に」の甘い響きが鋳物のまち・川口の「 リリア音楽ホール」に流れました



本人の言葉「この楽団には卒業前の今年2月から所属しています これだけ長いソロはイチカシではやらせてもらえませんでした」 



満員の観客に桑原君は少々緊張気味でした
仲間の皆さんも笑顔で祝福 みんなからかわいがられているんだね!


ところでこの「 リリア音楽ホール」は大きなパイプオルガンが正面に備え付けられ 客席500の本格的音楽堂です 





桑原君は自動車整備士の専門学校で勉強しています 
顔つきもきりりとしてきました

虹の向こうの空は青く

人生を音楽と共に 

音楽こそ君の「Over the Rainbow」










卒業のサイン=2009年12月23日



「第27回 チャリティーコンサート」が終わってすぐの写真です。
私は「ピース」は撮りません。 何もしない方がその人の何かが出ると思っているからです。
これは「ピース」ではありません。意思ある「Vサイン」。
これにはちょっとした物語がありました。


二人ともパーカッション一筋でした。
入学早々、一人は思わぬ事故で鼻の骨を折り、部活に顔を出しても痛いのを我慢するのがやっと、ただうずくまっていました。
「何で休まないの?」
「入学面接の時、石田先生と、部活はどんなことがあっても休みませんと約束したから」
しばらくはマスクをしてコンガを叩いていました。マーチングではテナードラム。

もう一人は大小様々なドラムやシンバル等の打楽器を一人で奏者するドラムセットを3年間続けました。マーチングではスネアードラムでした。

「将来、音楽をやるの?」と二人に聞いたことがあります。
一人は演奏家になる、もう一人は高校までという返事でした。


1年生の3学期のことでした。この二人がライバルとして争ったポジションがありました。
当時、市柏ブラバンの大きな出し物に「かっぽれ侫武夛(ねぶた)」があり、次年度のメインの打ち手は本当ならば2年生の中から選ばれるのですが、いい生徒がいなかったようで、1年生であったこの二人が志願して争いました。

選ばれた方は大抜擢されたわけです。落ちた方は、さぞ悔しかったでしょうね 。

私は最後の舞台を真正面の席から見せてもらいました。双眼鏡でずーっと覗いていました。津軽の風に向かって鷹が舞っているような演奏でした。


この日、二人にはもう一つ、華々しい舞台が準備されていました。
ドラムセットの競演です。激しく競い、会場を沸かせました。
アンコールを叫びたくなる演奏でした。

司会の太田井稔先生から意外なことが紹介されました。
二人は小学校も中学校も同じだったのです。
「幼なじみでライバル仲間」。
ですからトップのツーショットは、高校生活に悔いなしのVサインだったのです。


ここで昔と同じことを聞きました。
「何になるの?」
「プロの演奏家になります」
「スポーツの道に進んで、格闘家になります」

最後に、なぞなぞです。
どちらが演奏家で、どちらが格闘家でしょうか。



------というところで、3年間続けた「イチカシ・ブラバン物語」の幕を下ろします。
ありがとうございました。


演奏会に招待して下さったわがソフィア・ローレン君に感謝いたします。





取材開始 2006年11月26日   取材終了2009年12月23日






ザ・ワールド・オブ・ブラス=2009年5月9日
イチカシにこだわらす紹介しています
「オセロ」









市立柏高「オセロ」




「千葉を制する学校は日本を制す」といっても良いほど千葉県吹奏楽のレベルは高い。その頂点の高校御三家はすべて“市立”である。
皮肉にも代表校に選ばれるのはその内の2校なので、千葉県の高校吹奏楽界はいまや戦国時代。この写真からそんな雰囲気が伝わりませんか。
このイチフナ(船橋市立船橋高校)は“合唱”を得意とする吹奏楽団。選曲は生徒がするという。オリジナリティー溢れる演技、演奏に、明日の吹奏楽の姿を見せてくれる。みんなの瞳は輝いている。それにしても女ばっかり。


「ばらばらでいっしょ」・・・・イチフナの魅力をひとことで言うと、こうなる。
これはパフォーマンスの究極の心境だと思う。一人一人が別々のことをしていても同じ気持ちでいるからだ。なかなか出来ることではない。ブラボォ!


「こういうシャツが抵抗なく着られるのは どういう神経か」と思ってしまう。
それくらいアッピール力のある言葉をまとった「イチフナ」。こいつはすごい!
・・・・・・これは褒め言葉である。けなしているのではない。



















高校生

中学生












ブラボォ!野田一中!







中学生


小学生




テキーラ?




















ニッカウヰスキー・コンサート=2009年4月26日























IDT(市柏30期ダンシングチーム) 誕生







ニッカウヰスキー・コンサート 続き











アリランというよりも 天女の舞





天女の後は帝釈天





いよっ兄さん日本一
驚き桃の木山椒の木
日光けっこう東照宮
ブリキに狸に蓄音機





「わたくし、名は寅次郎・・・」。観客の大拍手で寅さん役立派に合格。





なぜか生徒より元気な「御前さま」。がんばっている。
  
           





「わたくし、市柏で苦節十年。今年は3年生のクラス担当です。みんな可愛くて“教師はつらいよ”なんて思ったことは決して・・・」

先生、今も朝は一番乗りのブラバン部員より早く学校に来ているのですか。






気持ちに充実感 分かります



この目 おさげ 君はもしや・・・





「勝手にシンドバット!」   これこそ「ジャパニーズ・オールデイズ」




空気ふるわせて「うなり節」




美しく咲いて



君の眼(まなこ)は津軽の鷹



「糸屋の娘」。目に力



「心にしみて」。感動極致




粋に




テキーラ!




演奏者と観客が柏工場内で向き合った。
よーい ・・・ちょっと待った
後援会の皆さんへ感謝をしよう。




後援会の旗のそばでお世話くださっている方に聞いた。 よく見る顔だ。
「子どもさんがブラバン部員なのですか」
「はい。卒業生です。その子の子どもが3人います」



















活動の記録
掲載写真の著作権は大北寛にあります
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